川人綾 | Tell me what you see |2020年12月11日-2021年2月27日

作者インタビュー

いつ、どのようなきっかけでアーティストの道を志すようになったのですか?

物心ついた頃から絵を描いたり、折り紙を折ったり、何かをつくることが大好きでした。8歳からは絵を習うようになり、画家になりたいと思うようになりました。その気持ちを思春期の頃になぜか恥ずかしく感じ、一度心の底にしまって忘れたのですが、高校生で進路を決める時に、その気持ちをおさえきれなくなり、美術大学に進むことにしました。

大学に入ってからは、デザインにも興味を持ち、グラフィックデザインの事務所でインターンをしたのですが、その時にデザインは周りから与えられる問いにどう答えるかというところが重要なのだと感じるようなりました。しかし、私は自分が世の中に対して抱いている問いを作品をつくることによって提起したかったので、アートという手段を選びました。

東京藝術大学で学んだことについて教えてください。また、学んだことの中でどのようなことが最も大切だと思いましたか?

私は東京藝術大学に進学する前、京都精華大学で日本の伝統的な染織を学びました。日本の伝統的な染織は、素材や技法による制限が多くあり、当時私はそれを窮屈に感じていました。そして、自由に表現することを学ぶため、東京藝術大学の先端芸術表現科に進学しました。先端芸術表現科では、とても幅広い分野で活動をしている教授や学生に囲まれて学ぶことが出来ました。

私は、染織に対して自由のなさを感じていましたが、先端芸術表現科では、自分自身の自由のなさに気付きました。そして悩みもがく中で、本当は染織の素材や技法による制限の中で生み出される、人間の制御できる領域を超えた美しさに惹かれていることに気付きました。これは、現在制作しているグリッド・ペインティングにおいて必要不可欠な要素ですので、この気付きは東京藝術大学で学んだ最も重要なことだったと思います。

東京藝術大学在学中にパリ国立高等美術学校への交換留学を経験されていらっしゃいますが、パリでの生活や学びを通じて、今日の作品制作に影響を与えていることはありますか?

パリ国立高等美術学校にいた時は、担当の教授だけでなく、なるべくたくさんの教授に作品を見てもらい、意見を伺いました。その中で、教授たちの意見が大きく2つに分かれることに気付きました。そのことは私を困惑させたので、担当の教授に相談したところ、それはパリ国立高等美術学校には、モダンアート的な考えの教授と、コンテンポラリーアート的な考えの教授がいるからだよ、と教えてくださいました。

私は交換留学するまで、美術史について大学の授業や本から学んでいましたが、どれだけ勉強しても、しっかりと深くは理解できていないように感じていました。しかし、パリで実際に歴史の流れを肌で感じた時から、その歴史の延長線上に私の制作活動は位置しているということを、知識としてではなく、体の奥底から理解し制作するようになったと思います。

学生時代、2017年にコルベール委員会と東京藝術大学が企画した「2074、夢の世界」プロジェクトでグランプリに選ばれていらっしゃいますが、このコンペティションで制作された作品『織合い』について詳しく教えて下さい。

また、このコンペティションへの参加を通じてどのようなことを得たと思いますか?

『織合い』は、フランスの SF 作家 Samantha Bailly の『Facettes』という小説をモチーフに制作した作品です。『Facettes』は女性の脳科学者が感情をリアルタイムに映し出す洋服を作るお話で、小説の最後には、テクノロジーと伝統を融合したドレスが 生まれます。私はこのストーリーからインスピレーションをもらい、テクノロジーと伝統が共存する絵画を描きました。

タイトルの『織合い』には、本来の日本語のおりあい(折合い)ではなく、「織る」という漢字を使いました。 私は『Facettes』を読んだ後、私達が何か異なるものや、普通でないものに直面した時、協調や和解を探ることがとても大切だと改めて感じるようになりました。折りあいをつけることは、まるで異なる種類の糸で布を織るような行為です。織物のように見えるこの絵画のタイトルには、そんなメッセージを込めました。

Figure 1 は、私にとって、テクノロジーを象徴するイメージです。visual image reconstruction と呼ばれる技術を使って脳からの信号を分析し、人が実際に見ている画像を再構成したものです。このテクノロジーは、その原理を応用することで、心的イメージや夢のような主観的体験を画像化する可能性をも秘めています。テクノロジーと伝統が共存するぺインティングに 適したイメージとして、そのパターンを画面の下方に、シルクスクリーンを使ってプリントしました。

Rêver 2074 competitionには、FIACでの展示など、多くの貴重な経験をさせてもらいました。Pierre-Yves Caër Galleryの作家として紹介していただけるようになったのも、このコンペティションのおかげです。フランスでの活動のきっかけを与えていただいたことに、とても感謝しています。

川人さんの博士論文のテーマである「制御とズレ」は奄美大島の染織技術から着想を得たとのことですが、どのようにこのテーマにたどり着いたのでしょうか?また、このテーマを表現するにあたって、奄美大島の染織技術を選んだ理由はなんですか?

私は布を染め織り上げていくように、グリッドという単純な形態を敢えて手を使い、何層にも重ねて描いています。そして、グリッドの大きさの違いや、境目の歪みや滲み、絵具の濃淡や溜まり等の、僅かな「手作業のズレ」と「物質性によるズレ」を生じさせ、人間の制御できる領域を超えた美しさを、グリッド・ペインティング上に現わそうとしています。また、絣と同様に、パターンの周期的構造や並置混色を利用して、「視覚的なズレ」を引き起こし、鑑賞者に視覚と認知のメカニズムを体感させることを試みています。このように、グリッド・ペインティングを構成するのは、「視覚的なズレ」と「手作業によるズレ」、そして「物質性によるズレ」です。

織物というものには、無機質で数学的なテクノロジーのイメージと、有機的で人間の温かみを感じさせるイメージが共存していますが、この性質を視覚的に表現しているのが、グリッドと「ズレ」の関係性であると考えています。この染織特有の「ズレ」を最も活かした技法の1つが絣であり、大島紬は絣の一種です。絣の「手作業のズレ」と「物質性によるズレ」は昔から人々を惹きつけてきました。また、絣はパターンの周期的構造や併置加法混色による「視覚的なズレ」も持っています。大島紬は絣の中でも特に強く「手作業のズレ」と「物質性によるズレ」、「視覚的なズレ」を持っているため、研究対象に選びました。私のグリッド・ペインティングにおけるこの3つの「ズレ」を強め、それぞれの効果を、より顕著に現すため、大島紬の「制御とズレ」の構造を分析し、グリッド・ペインティングに応用しました。

川人さんは東京藝術大学博士号を取得された際、特に優秀な作品に贈られる野村美術賞を受賞されておりますが、受賞作品であり現在は東京藝術大学美術館に収蔵されているC/U/O_mm-mmd_(w)_Iについて詳しく教えてください。

受賞した作品は、大島紬の「制御とズレ」の構造を分析し、グリッド・ペインティングに応用した作品で、博士課程における研究の集大成といえる作品でした。この作品で野村美術賞を受賞し、東京藝術大学大学美術館に収蔵していただけいたということは、学生生活を終えて作家として活動していく自信につながりました。また、この研究に協力してくださった奄美の大島紬生産に関わる方々や、指導してくださった先生方に、ほんの少しですが恩返しができたかなと思います。この作品は、CUOシリーズとして、卒業後も描き続け、発展させていっています。

川人さんは卒業後すぐに作家としての活動を開始され、京都のイムラアートギャラリーやパリのピエール・イヴ・カエーギャラリーへの出展などを通じて日本とフランス双方において幅広く活躍し、さらにコレクターや企業からの作品制作の依頼も引き受けていらっしゃいます。川人さんの作品制作は技術的に一つの作品が完成するまでに非常に時間がかかるように思われますが、どのように全ての依頼に対応する時間を確保されていらっしゃるのでしょうか?

学生生活を終えてからすぐに作家活動だけで生活が出来ているということは本当にラッキーなことで、いつもサポートしてくださっているギャラリー、応援しくださっているコレクターや企業の方々には感謝してもしきれません。

作家活動をスタートさせた頃は、衣食住にかける時間を極限まで削って制作していましたが、それでも一人で出来ることには限界があり、1年ほど前からアシスタントを雇うようになりました。アシスタントたちとの共同制作は、一人では出来なかったことを可能にしてくれています。また、彼らのおかげで気づくこともたくさんありますし、刺激をもらっています。最近は、アシスタントたちのおかげで、少しずつ人間的な生活を送れるようになってきています(笑)。それでも、まだ休日をつくることは難しく、ほとんど365日制作し続けている状態です。週1日は制作をしない日をつくって、インプットするためだけの日をつくることが今の目標です。

2018年にパリで開催されたアートフェアAsia Nowへ出展された作品を見て以来、川人さんに注目していたフランス芸術界の著名なアドバイザーに推薦され、ロンシャン銀座店のための作品制作を依頼されたとのことですが、この時の作品はそれまで制作してきたなかでも最大の大きさとなりました。この大きさの作品を制作する過程でどのような難題に直面しましたか?

ロンシャン銀座店のための作品は、サイズがとても大きかったので、スタジオで19枚に分割したパネルに描いて、最後に現場で組み合わせました。そのため、制作している最中は全体像が見えず、パソコン上や頭の中で何度もシュミレーションをしてつくりました。これは大きな挑戦でした。あとは、1階と2階を繋ぐ階段踊り場から2階までの大きな壁面に描くということで、鑑賞者の方々の目線の動きなどについては、かなり意識してプランニングしました。

このプロジェクトは私にとって非常にチャレンジングなものでしたが、クライアントの方々がとても寛大で、自由に作らせてくださったのと、高品質なパネルと、技術力の高いパネル設置業者を手配してくださったので、とても質の高い仕上がりにすることが出来ました。本当にありがたかったです。

ロンシャン銀座店の作品制作後、今度はFacebook Artists In Residenceプロジェクトへの参加を打診され、さらに大きな作品を制作することになりましたが、前回の作品制作進行と比べ、このプロジェクトの進め方には何か違いがありましたか?

このFacebookのプロジェクトはコロナが流行し始めてからのプロジェクトだったので、ロンシャン銀座店の時と進め方に大きな違いがありました。まず、クライアントがシンガポールに住んでいて日本に来れないので、ずっとオンラインでの打ち合わせのみでした。また、私も作品を設置する時まで現場に行けなかったので、写真から想像して制作しました。クライアントとの話し合いには、Pierre-Yvesさんと、いつも翻訳と通訳を担当してくれているアシスタントが参加してくれて、経験が浅い私をサポートしてくれたので、時間など色々な制限があるプロジェクトを成功させることが出来ました。本当に心強かったです。また、クライアントが、私がこれまでに挑戦したことのないようなことをすることを応援してくれて、このプロジェクトではたくさん新しい試みをしたので、その後の制作において非常に重要なプロジェクトとなりました。

ここ3年間の作品の進展を見ていると、新しいパターンを見つけ出したり、時には微妙に異なる技術を使ったり、川人さんが常に革新的であり続けている印象を受けます。このように常に新しい効果を作品に込めようと川人さんを駆り立てるものは何ですか?

新しいことをしようと意識しているわけではないのですが、自分の過去の作品にすぐに満足できなくなり、今までに体験したことのないような視覚効果を得たいといつも考えているから、変化し続けているのではないかと思います。もっともっと鑑賞者の視覚をゆるがすような作品をつくりたいという気持ちが、作品を前進させていると思います。

ご自身の表現や独自の作品スタイルを確立する上で、最も影響を受けた芸術家や芸術運動、アイデアは何ですか?

美術史上では、ブリジット・ライリーやヴィクトル・ヴァザルリに代表される、60年代のオプアートから強く影響を受けています。現代の作家では、オラファーエリアソンの作品が好きで、アシスタントとして働きたくてメールを送ったこともあるくらいです。オラファーエリアソンは、最新の技術を駆使して知覚に訴えかけてきます。私の場合、平面という制限の中で、知覚のゆらぎを追及することに面白みを感じてきました。

現在、私たちは地球規模で公衆衛生危機に見舞われており、多くの国で、たとえ家族や友人に会うためであろうと、長距離の移動を控えなければならない状況です。芸術家の一人として、この状況についてどう感じていますか?また、このことがご自身の作品制作に影響を与えていますか?

こんなにもみんなそれぞれが違う反応をする出来事はあまりなかったと思います。日本は天災が多い国で、私が生きてきた32年の間に何回も大きな地震がありました。でもそういう時はみんなで協力して、動いてきたと思います。でも今回は違う。何をどういう風に考えているのか、過去に起きたどの出来事よりもたくさん話したように思います。

私の作品における大切な要素の1つは、鑑賞者によって受ける印象が変わることです。そのことをより強く感じるような、互いに違う印象を受けていることを知覚できるような作品が出来ないかと考えています。それは絵画ではなく、よりインスタレーションに近い形かもしれません。もしかしたら、平面だけではない手段を使う時期が来たのかもしれません。

2020年12月からパリのピエールイヴカエーギャラリーで行われる川人さんの個展を見に来る芸術愛好家やコレクターに向けて、何かメッセージはありますか?

この展覧会のタイトルは「Tell me what you see」ですが、これはそのまま鑑賞者の皆さまへのメッセージです。私は見る時間や空間によって印象が変わるような作品を追求してきました。今回もそのような視覚効果を得ようと試行錯誤しました。特殊な状況下で開催される今回の展覧会で、鑑賞者の方々がどのような印象を受けるのか、とても興味があります。ストレスフルな1年でしたが、あなたが作品からどのような印象を受けるのか、そんなことを楽しんでいただけたらと思っています。