川人綾 | Tell me what you see |2020年12月10日-2021年1月30日

2020年12月10日からピエール・イヴ・カエーギャラリーにて、日本人アーティスト川人綾の個展« Tell me what you see »が開催される。このギャラリーの展覧会に作者が作品を出展するのは、今回で3度目となる。

東京藝術大学の博士課程を修了した川人綾(32歳)は、現在京都で制作活動を行なっている。学生時代にパリ国立高等美術学校への交換留学を経験している作者は、「2074、夢の世界」グランプリや、東京藝術大学博士課程に在籍する学生の中でも特に優秀な学生に贈られる野村美術賞など、数々の賞を受賞している。

Statement

川人綾の作品は2つの異なる分野から得た考えが基盤となっている。

一つは日本の伝統的な染織技術、もう一つは最新の神経科学である。

川人綾は、幼い頃から我々が認識している世界とは脳が結果としてそう見せているものであり、目は脳神経に送る情報を得るための受信機の役割を担っているということを強く意識してきた。

この考えは神経科学者である父の影響によるものである。父親の研究分野に魅了され、人々が物を作る際に用いる技術と、その技術が我々の視覚認識に与える影響について関心を抱くようになった。

神経科学の研究は、脳が我々の認識する世界を解析するために使っているスキーマを調べるだけでなく、我々の夢や想像が脳内で映像化されるまでのメカニズムについても扱っている。脳内の映像は « visual image reconstruction »(視覚的画像再構成)と呼ばれるプロセスを通じて編成されている。

川人綾はこの人体のプロセスから着想を得て、紙テープを使って複雑な格子模様を再現した作品を制作している。異なる構図、色、被写界深度、間隔、彩度、ぼかしを組み合わせることで、作品を見る者に自分たちの認識能力が現実世界の見え方にどれほど影響を与えているのかについて問いかけているのだ。

染織技術

川人綾はインドの染織技術についても研究してきた。インドで「イカト」と呼ばれる技法は、日本では「絣(かすり)」と呼ばれる技法として受け継がれている。この技法では、最終的に布上に浮かび上がらせる絵柄を描くためにはどのように糸を配置させれば良いかをあらかじめ想定して、繊維糸を染色する。最初に構想した絵柄を寸分違わず描けることはほとんどないが、その不完全さこそが完成した布地を趣のある唯一無二のものとして昇華させているのである。川人綾が博士論文のテーマに選び、作品の根底ともなっている「制御とずれ」という概念がこの技術によって体現されている。

「奄美大島で発展した伝統的な染織技術に、自身の作品に込めている考えととても近いものを見出しました。その考えというのが、手作業によってどうしても生まれてしまう不完全さを受入れ、さらにその不完全さにこそ人智を越えた美しさを見出すというものでした。」

川人綾は、幅5ミリのテープを複雑に編まれた糸のように縦横に貼り重ねて作品を作り上げる。そうして生まれる5ミリ四方の正方形それぞれに色を塗る。色の調和、彩度や輝度の効果、そして作品にぼかしを生むためにアクリルペイントを使うといった技法を組み合わせることで作品に揺らぎを生み出し、作品を見た人々は網膜がとらえた光景に自身の認識とのずれを感じることになる。常に偶然性を孕んでいる制作過程に応じて、様々な視覚効果を生むことができると作者は考えている。

「ピエール・イヴ・カエーギャラリーで開催される今回の展覧会では、作品を見た人々にグリッドペイントに対する私の新しい試みを感じてもらえると思います。出展するのは2016年からずっと取り組んできたシリーズ作品です。私の作品の一番根底にあるのは染織から得た着想ですが、このシリーズはさらに多様な文化や人の影響が私の当初の想像を超えた規模で関わって発展してきました。」

展覧会

今回の個展 « Tell Me What You See »では、作者が博士研究に取り組む中で生み出された作品とそれ以降の作品どちらも出展される。また、川人綾がデコーディッド・ニューロフィードバック(Decoded Neurofeedback, DecDef)1の実験で計測されるマルチボクセル型モデル図の要素を取り入れて制作した、現在Facebook Japan株式会社オフィスに展示されている作品から着想を得て生まれた最新作も出展する。

作品制作におけるデジタルとアナログの工程を融合させる新しい方法を探求することが、この作品のコンセプトとなっている。

「作品制作を通じて、多種多様な要素を編み合わせることでこれまでにない新しいものが生まれるということを学んだと感じています。このプロセスを進めるにはその時取り入れた要素それぞれに対する敬意と理解が当然求められますが、まさにその過程を経ることで、予想外の、それでいて唯一無二の素晴らしいものが生まれるのです。

今、私たちは日常生活の中で罠にかかったように身動きの取れないような感覚に陥っていると思います。しかしだからこそ、新しいものと出会うことが、人々が互いへの理解を深め合い、新しい価値観、新しい美というものを見出すために不可欠なのです。このような状況下にパリで展覧会を開催する機会を得たことを大変ありがたく思います。たとえフランスと日本で遠く離れていようとも、私の作品を通じて、来場者の皆様に日本的な情感や美を感じてもらえたら良いなと心から思っています。」

作者インタビュー

いつ、どのようなきっかけでアーティストの道を志すようになったのですか?

物心ついた頃から絵を描いたり、折り紙を折ったり、何かをつくることが大好きでした。8歳からは絵を習うようになり、画家になりたいと思うようになりました。その気持ちを思春期の頃になぜか恥ずかしく感じ、一度心の底にしまって忘れたのですが、高校生で進路を決める時に、その気持ちをおさえきれなくなり、美術大学に進むことにしました。大学に入ってからは、デザインにも興味を持ち、グラフィックデザインの事務所でインターンをしたのですが、その時にデザインは周りから与えられる問いにどう答えるかというところが重要なのだと感じるようなりました。しかし、私は自分が世の中に対して抱いている問いを作品をつくることによって提起したかったので、アートという手段を選びました。

東京藝術大学で学んだことについて教えてください。また、学んだことの中でどのようなことが最も大切だと思いましたか?

私は東京藝術大学に進学する前、京都精華大学で日本の伝統的な染織を学びました。日本の伝統的な染織は、素材や技法による制限が多くあり、当時私はそれを窮屈に感じていました。そして、自由に表現することを学ぶため、東京藝術大学の先端芸術表現科に進学しました。先端芸術表現科では、とても幅広い分野で活動をしている教授や学生に囲まれて学ぶことが出来ました。私は、染織に対して自由のなさを感じていましたが、先端芸術表現科では、自分自身の自由のなさに気付きました。そして悩みもがく中で、本当は染織の素材や技法による制限の中で生み出される、人間の制御できる領域を超えた美しさに惹かれていることに気付きました。これは、現在制作しているグリッド・ペインティングにおいて必要不可欠な要素ですので、この気付きは東京藝術大学で学んだ最も重要なことだったと思います。

東京藝術大学在学中にパリ国立高等美術学校への交換留学を経験されていらっしゃいますが、パリでの生活や学びを通じて、今日の作品制作に影響を与えていることはありますか?

パリ国立高等美術学校にいた時は、担当の教授だけでなく、なるべくたくさんの教授に作品を見てもらい、意見を伺いました。その中で、教授たちの意見が大きく2つに分かれることに気付きました。そのことは私を困惑させたので、担当の教授に相談したところ、それはパリ国立高等美術学校には、モダンアート的な考えの教授と、コンテンポラリーアート的な考えの教授がいるからだよ、と教えてくださいました。私は交換留学するまで、美術史について大学の授業や本から学んでいましたが、どれだけ勉強しても、しっかりと深くは理解できていないように感じていました。しかし、パリで実際に歴史の流れを肌で感じた時から、その歴史の延長線上に私の制作活動は位置しているということを、知識としてではなく、体の奥底から理解し制作するようになったと思います。

学生時代、2017年にコルベール委員会と東京藝術大学が企画した「2074、夢の世界」プロジェクトでグランプリに選ばれていらっしゃいますが、このコンペティションで制作された作品『織合い』について詳しく教えて下さい。

また、このコンペティションへの参加を通じてどのようなことを得たと思いますか?

『織合い』は、フランスの SF 作家 Samantha Bailly の『Facettes』という小説をモチーフに制作した作品です。『Facettes』は女性の脳科学者が感情をリアルタイムに映し出す洋服を作るお話で、小説の最後には、テクノロジーと伝統を融合したドレスが 生まれます。私はこのストーリーからインスピレーションをもらい、テクノロジーと伝統が共存する絵画を描きました。

タイトルの『織合い』には、本来の日本語のおりあい(折合い)ではなく、「織る」という漢字を使いました。 私は『Facettes』を読んだ後、私達が何か異なるものや、普通でないものに直面した時、協調や和解を探ることがとても大切だと改めて感じるようになりました。折りあいをつけることは、まるで異なる種類の糸で布を織るような行為です。織物のように見えるこの絵画のタイトルには、そんなメッセージを込めました。

Figure 1 は、私にとって、テクノロジーを象徴するイメージです。visual image reconstruction と呼ばれる技術を使って脳からの信号を分析し、人が実際に見ている画像を再構成したものです。このテクノロジーは、その原理を応用することで、心的イメージや夢のような主観的体験を画像化する可能性をも秘めています。テクノロジーと伝統が共存するぺインティングに 適したイメージとして、そのパターンを画面の下方に、シルクスクリーンを使ってプリントしました。

Rêver 2074 competitionには、FIACでの展示など、多くの貴重な経験をさせてもらいました。Pierre-Yves Caër Galleryの作家として紹介していただけるようになったのも、このコンペティションのおかげです。フランスでの活動のきっかけを与えていただいたことに、とても感謝しています。

川人さんの博士論文のテーマである「制御とズレ」は奄美大島の染織技術から着想を得たとのことですが、どのようにこのテーマにたどり着いたのでしょうか?また、このテーマを表現するにあたって、奄美大島の染織技術を選んだ理由はなんですか?

私は布を染め織り上げていくように、グリッドという単純な形態を敢えて手を使い、何層にも重ねて描いています。そして、グリッドの大きさの違いや、境目の歪みや滲み、絵具の濃淡や溜まり等の、僅かな「手作業のズレ」と「物質性によるズレ」を生じさせ、人間の制御できる領域を超えた美しさを、グリッド・ペインティング上に現わそうとしています。また、絣と同様に、パターンの周期的構造や並置混色を利用して、「視覚的なズレ」を引き起こし、鑑賞者に視覚と認知のメカニズムを体感させることを試みています。このように、グリッド・ペインティングを構成するのは、「視覚的なズレ」と「手作業によるズレ」、そして「物質性によるズレ」です。 織物というものには、無機質で数学的なテクノロジーのイメージと、有機的で人間の温かみを感じさせるイメージが共存していますが、この性質を視覚的に表現しているのが、グリッドと「ズレ」の関係性であると考えています。この染織特有の「ズレ」を最も活かした技法の1つが絣であり、大島紬は絣の一種です。絣の「手作業のズレ」と「物質性によるズレ」は昔から人々を惹きつけてきました。また、絣はパターンの周期的構造や併置加法混色による「視覚的なズレ」も持っています。大島紬は絣の中でも特に強く「手作業のズレ」と「物質性によるズレ」、「視覚的なズレ」を持っているため、研究対象に選びました。私のグリッド・ペインティングにおけるこの3つの「ズレ」を強め、それぞれの効果を、より顕著に現すため、大島紬の「制御とズレ」の構造を分析し、グリッド・ペインティングに応用しました。

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